【レトロぱちんこ文化考察】第2回「テレビパチンコ狂想曲」(前編)

▲▽「テレビパチンコ」とは、何ぞや!?▽▲

 今年2021年は、1991年に初のカラー液晶モニターを搭載した『麻雀物語』が登場してからちょうど30年。しかしパチンコ業界では、その15年ほど前にテレビを合体させた「テレビパチンコ」で沸いていた時代がありました。

 テレビパチンコとは、何ぞや? 今のパチンコと、どう違うの?

 これまで、どこかで「昔テレビがくっついたパチンコがあった」という情報を目にされた方は多いかと思いますが、その登場背景や顛末などの詳細はほとんど知られていなかったかもしれません。そこで今回から3回に渡り、1977年に業界やファンに大きなインパクトを与えたテレビ付きパチンコについて、当時の写真や資料を元にご紹介していきたいと思います。

▲▽「テレビパチンコ」誕生のきっかけは、深刻なパチンコ離れ▽▲

 時は1977年2月17・18日。東京タワーのふもとにあるビルにて、西陣が「ゴールデンクローバーショー」と名付けた新機種展示会を開催しました。

 ズラリと並ぶ新機種やホール備品などの中に、特別参考出展されたのが「テレビ付きパチンコ」。

 当時を知る関係者によれば、パチンコでは夕方になるとプロ野球や大相撲を見るためにお客さんが帰ってしまったり、昼間も高校野球のシーズンには打ち手が減ってしまうといったことが、けっこう深刻な問題となっていたそう。お店によっては天井付近などにテレビを置いているところもありましたが、そんな中で思いついたのが

「パチンコ一台ごとにテレビを付けて、みんなに満足してもらおう!」

 と、いうアイデアだったそうです。そんな発想から生まれたテレビパチンコの中央には、縦5センチ横8センチの小さなブラウン管白黒テレビが入っており、上部にボックス型のチャンネルやボリュームつまみを搭載。お客さんはイヤホンを取り付け好きなチャンネルを選び、パチンコを打ちながらナイターなどを楽しむことができる……というものでした。

 それから5ヶ月後の7月15日、都内四ッ谷の「コメット」というホールにて、遂にテレビパチンコ5台が初デビューを果たします。

 お客さんの反応は上々で、写真のように黒山の人だかり。

 ポスターでも、ご覧の通り「テレパチ」という愛称を連呼しすごい勢いです(笑)!

 その後7月中に赤坂の2店舗にも導入され、そちらでも大きな話題を呼んでいたようです。

▲▽『テレパチマン』、遂に現わる!▽▲

 ところが、テレビパチンコ第一弾には問題がありました。現在のパチンコとは違い、中央にゲーム性とは無関係のテレビが配置されていたため、ちゃんとした役物が置けずにパチンコとしての面白さに欠けてしまっていたのです。

 そこで、西陣は8月に盤面中央部分を改良した第二弾として『テレパチマン』と名付けたテレビパチンコを発売。上部に入賞用の穴をあけたりゲーム性を工夫して、まさしく「テレビを見ながらパチンコを楽しめる」コンセプトを活かした製品に仕上げ、すぐさま都内の「柳小路(渋谷)」「日本一(門前仲町)」「ニュー東京(神田)」の3店舗に5台ずつ導入を果たしました。

 こちらのホールでも、テレパチマンは大人気。ポスターや看板でも、まるで神が降臨したかのような大げさな表現が見られていたようです。

 1977年、彗星の如く現れ業界やファンの話題を大きく集めた西陣のテレビパチンコ。しかし当然、そんな様子を他メーカーがただ見ているわけはありません。

 打倒『テレパチマン』! ということで、間もなくライバルメーカーからも気合いの入ったテレビパチンコが続々と登場して来るのでした……。(つづく)

※写真協力…(株)遊技ジャーナル

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