【ソボクな疑問】第3回:「パチンコの日」は、なぜ11月14日なの?

(写真)今年も開催されるファン感謝デーの告知より

▲▽「パチンコの日」は1979年に制定▲▽

 一年365日、毎日のように「○○の日」が設定されています。11月に入ってからも「いい歯の日」とか「ポッキーの日」など、ニュースで特集されているのを見た方も多いでしょう。

 パチンコ関係にも今や記念日は色々とありますが、中でもかなり初期に設定されたのが、1979年11月14日に誕生した「パチンコの日」でした。

 しかし、例えば8月8日(パチパチ)とか語呂合わせでもなく中途半端とも思える11月14日に、なぜ「パチンコの日」が設定されたのでしょうか?

 ということで今回は、記念日誕生の経緯や裏話について1979年当時の資料をひもときながら、謎を解いていきたいと思います。

▲▽当時のパチンコ業界は?▲▽

 パチンコの日制定の謎を解く鍵として、まず振り返っておきたいのが、1979年のパチンコ事情です。現在のパチンコと同じく、当時も「ホール軒数一万割れ」「レジャーの多様化による若者のパチンコ離れ」そして「インベーダーブームが席巻」といった状況により、業界が苦境に立たされていました。

 また前年の1978年に貸玉料金が3円から4円に値上げされたこともパチンコ離れに拍車をかけており、業界の中には何か手を打たねばジリ貧になる……という危機感が蔓延。

 そこで、当時のパチンコホール全国組織である「全国遊技業協同組合(全遊協)」では、若者にターゲットを絞ったアピールを重点に置いて解決策を模索することになりました。

▲▽11月14日に決定した理由▲▽

 そうした中、パチンコの存在感と値上げした貸玉料金に見合う魅力を若者にアピールする方法として、業界の賛同を集めた案が「パチンコの日」制定でした。

 1979年6月、全遊協で記念日の制定が決定。そしてその日をいつにするかについて、当時のやり取りが記された資料をまとめてみますと……

  • 8月8日の語呂合わせは良いが、学生の多くが帰省する時期なので避けたい。
  • 全遊協を含む業界横断組織の設立総会が開かれた12月や第一回総会開催の5月にちなむのも、時期が悪い。
  • 会館落成の2月、全遊協設立総会の9月にも難がある。
  • 全遊協の設立が認可された1966年11月14日にちなむのが最適ではないか。

 この他にも東北地方の組合などから「8月はお祭り行事が多いので、それどころではない」といった声もあったようで、侃々諤々の結果、全遊協設立の日である11月14日に決定したそうです。やり取りを見ると、あくまでも組織にちなんだ日にこだわっていた様子が分かりますが、やはり真っ先に挙がったのは8月8日だったこと、しかし若者がターゲットだったゆえ、その日にできなかった経緯が分かりました。

▲▽ファン感謝デーも開催しているが……▲▽

(写真)感謝デー第1回のポスター。モデルはタレントの田中なおみ

 こうして11月14日に決定した「パチンコの日」近辺には、全国の加盟ホールで「パチンコ感謝デー」を開催することも決定。初代のイメージガールにはタレントの田中なおみが決定し、ポスターやワッペンなどに登場しました(※1984年以降は、ミスパチンコが兼任している)。

 こちらについても当時の資料を見てみると、イベントの内容については各地区にお任せだったようなのですが、茨城県でセスナ機を飛ばしてPRするなど大掛かりなところもあったとか。

 なおパチンコの日制定に尽力した全遊協は、その後1990年に解散してしまったため、新体制になってからも11月14日の「パチンコの日」だけが残された形になりました。毎年この時期にファン感謝デーを開催するのも慣習となってはいますが、やはり消滅した組織の記念日ということもあってか、業界側からの「パチンコの日」アピールはイマイチのような感じですね。

 今回はそうした事情もかんがみ、今一つ現代に浸透していない記念日の謎を解明してみました。

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