【レトロパチンコ文化考察】第9回「時をかけるパチンコホール<2>」

(写真)1971年、大改装して新装オープンしたばかりの「ニューミヤコ」

 1964年以来、57年ぶりの開催となった東京オリンピック。コロナ禍によって無観客が決定するなど色々と問題は尽きないものの、そうしたタイミングに合わせて当サイトでも今月は「時空を超えた写真」をいくつかご紹介しています。

 前回は、50年ほど前のホールと現在の場所を比較しましたが、残念ながら両方とも姿を消していました。そこで今回は、50年経っても同じ場所にあるホールとして、写真の「ニューミヤコセンター」を取り上げてみます。

 新宿西口から少し歩いた、通称「大ガード」脇に建てられた同ホールは、今からちょうど50年前の1971年に大改装を行い、写真上のようなモダンなビルとして大きな話題を呼びました。

 当時の資料によれば、設置機種はオール西陣で500台。当時から一般景品の数が非常に多いことでも知られ、生活用品から食品、書籍など多彩な取り揃えが学生やサラリーマン、そして主婦などから人気を集めたといいます。

 また、大きな休憩所やアート作品が飾られた店内も当時としては珍しかったのですが、支配人の話として「出玉サービスは限りがありますので、遊技する環境で差別化したい」という、時代を先取りした意欲溢れる内容も紹介されていました。

 ニューミヤコは今から20年ほど前に建て直され、現在「カレイド」として営業を続けています。大体同じ位置から写真を撮ってみました。

(写真)2021年、ニューミヤコは「カレイド」として営業している

上の写真と比べると、ずいぶん周囲を含めスッキリした印象です。懐かしい「緑屋」やタイピスト学校などは姿を消し、ビル自体も飲食など様々なテナントが入る複合施設として存在感をいっそう高めていました。

 新宿界隈もかつてはパチンコ激戦区と言われたものの、現在は大手チェーン中心に数件が残るのみ。こうした地元密着の老舗ホールには、まだまだ頑張ってほしいものです。

※写真協力…(株)遊技ジャーナル社

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