【球面体ノート18】*パチスロ特集*時代を映す、パチスロの広告<1>

(写真)1981年、ツキ男·田端義夫が登場したエボン社の広告

 1964年に産声をあげた、パチスロの前身·オリンピアマシン。1980年には山佐から初めてパチスロという呼称を用いた『パチスロ パルサー』が発売され、同年メーカーの組合「日電協」が結成されます。

 上の写真は、初期加盟メーカーの一つである「エボン」が1981年、業界誌に掲出した広告です。同社は大物歌手の田端義夫をイメージキャラクターにしていましたが、バタやんといえば1979年ラスベガスのスロットマシンで大当たりを出したことがニュースになり、いわゆる“ツキ男”のイメージも定着。

 そんなキャラですから、メーカーも放っておくハズがなかったということでしょう。そして、広告のポーズも当時トレードマークだった「右手を大きくあげる」のと、コピーには

「名機には女の感触がある」

と、女性好きでも有名だったキャラを生かした、ある意味とんでもない文言を採用するなど、ほぼ完璧に近い完成度であったといえるかもしれません。

 ちなみにエボン社は元々関西方面で活動を開始し、広告の『ゴールデンジャック』をはじめ『スリースター』『フラミンゴ』といった、アップライト型(海外のスロットマシンのように大きく、手前に引くレバーを搭載したタイプ)のオリンピアマシンを発売していました。

 当初はまだパチスロ(※アップライトでは場所を取るので、パチンコと同サイズにして制御も変えたスロット)の方が圧倒的に少なかったのですが、1982年頃には立場が逆転。そうした時代の流れに追いつけなかったのか、エボン社は間もなく倒産してしまいました。

 ツキ男の加護も虚しかったといえますが、この広告だけはそのインパクトといい完成度といい、後世に残して行くべきではないか? と思い、今回ご紹介した次第です(笑)。

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